愛犬と暮らす”幸福度”とは?

玄関を開けると、しっぽを振って迎えてくれる。
朝になれば散歩を催促され、休日になれば「今日はどこへ一緒に行こうか」と予定を考える。

犬と暮らしている人にとって、そんな毎日は当たり前になっているかもしれません。

もちろん、犬との暮らしは楽しいことばかりではありません。
毎日の食事や散歩、トリミング、予防医療。病気になれば動物病院へ行き、旅行や外出にも一定の制約が生まれます。

それでも、多くの飼い主が感じているのが、「この子がいてくれてよかった」という気持ちではないでしょうか。

では、犬と暮らすことは、本当に人の幸福につながっているのでしょうか。

実は近年、「ペットと人間の幸福」「犬と健康」についてさまざまな研究が行われています。
中には、日本の高齢者を対象とした研究で、犬を飼っている人では「要介護認知症」の発症リスクが低かったという結果もあります。

さらに海外では、犬や猫と暮らすことによって得られる生活満足度を金銭的な価値に置き換えた、ちょっと驚くような研究も発表されています。

今回は、私たちがなんとなく感じている「犬と暮らす幸せ」を、実際の研究データとともに考えてみます。-

01|そもそも「幸福度」って何だろう?

「幸せ」と聞くと、とても感覚的なものに思えます。

しかし現在では、幸福や生活満足度を「Well-being(ウェルビーイング)」という考え方から捉える研究が世界中で行われています。
日本でも内閣府が「満足度・生活の質に関する調査」を実施し、生活満足度や健康状態、社会とのつながりなどを継続的に調査しています。

つまり、経済的な豊かさだけではなく、「自分の生活に満足しているか」「健康に暮らせているか」「社会や人とのつながりがあるか」
といったものも、人生の豊かさを考える重要な要素なのです。

【日本語で確認できる資料】
内閣府「満足度・生活の質に関する調査」

では、犬との暮らしは、こうした人間のWell-beingとどのような関係があるのでしょうか。

02|日本の研究では、犬を飼う高齢者の認知症発症リスクが40%低かった

犬と人間の健康について、日本で非常に興味深い研究が行われています。
研究を発表したのは、東京都健康長寿医療センター研究所などの研究グループです。

地域で暮らす高齢者を対象として、犬や猫の飼育と「要介護認知症」の発症との関係を調査しました。

その結果、研究対象となった高齢者では、

犬を飼育している人は、犬を飼育していない人と比べて認知症発症リスクが40%低い

ことが示されました。

東京都健康長寿医療センター自身が、日本語の研究成果としてこの結果を公表しています。

【日本語で確認できる研究資料】
東京都健康長寿医療センター
「ペット飼育と認知症発症リスク」

この研究の対象となったのは、地域で生活する高齢者11,194人。
約4年間にわたる追跡データなどを用いて、犬・猫の飼育と要介護認知症との関連が分析されています。

ただし、ここで大切なことがあります。

この研究結果を、「犬を飼えば認知症にならない」と受け取ってはいけません。研究で確認されたのは統計的な「関連」です。

犬を飼うことだけが直接的な原因となって認知症を防いだ、と証明した研究ではありません。

では、なぜ犬の飼い主でこのような違いがみられたのでしょうか。
そこに、犬との暮らしならではの特徴が見えてきます。

03|ポイントは「犬+運動+人とのつながり」

東京都健康長寿医療センターの研究で特に興味深いのが、「運動習慣」と「社会とのつながり」です。

研究では、犬を飼っている人の中でも、運動習慣がある人
そして、社会的孤立状態にない人で、認知症発症リスクが低いことが示されています。

研究チームは、日常的に犬の世話をすることによる身体活動や社会参加の維持が、飼い主自身の認知症発症リスク低下につながっている可能性を指摘しています。

考えてみれば、犬との暮らしには「外へ出る理由」があります。
それが、散歩です。

雨の日も。少し寒い日も。家でのんびりしていたい休日も。玄関の前で愛犬がこちらを見ていれば、
「散歩、行くか」と立ち上がる。

犬がいなければ家から出なかった日でも、散歩に行けば20分、30分と歩くことになります。
さらに外へ出れば、「かわいいですね」「何歳ですか?」「うちにも同じ犬種がいるんです」と、知らない人から声をかけられることがあります。

犬の名前は知っているけれど、飼い主さんの名前は知らない。そんな不思議な関係ができることもあります。

犬は、飼い主を家の外へ連れ出すだけではありません。人と人をつなぐきっかけにもなっているのです。

04|犬との暮らしは、介護という視点でも研究されている

東京都健康長寿医療センターでは、認知症だけでなく「介護費」についても研究しています。

2023年には、ペットを飼育している高齢者について、
介護サービスの利用に伴う介護給付費が、ペットを飼っていない人と比較して約半額だった
という研究成果も公表しています。

【日本語で確認できる研究情報】
東京都健康長寿医療センター研究所
「ペット飼育が介護費の抑制に影響」

もちろん、これも、
「犬を飼えば介護費が半額になる」という意味ではありません。

ペットを飼える健康状態や生活環境にある人ほど、もともと健康状態が良い可能性なども考慮する必要があります。
それでも、犬や猫との暮らしと高齢者の健康について、日本でも継続して研究が進められていることは注目したいポイントです。

05|「犬がいるから歩く」という、シンプルだけど大きな変化

犬と暮らしていると、散歩は生活の一部になります。
朝起きて散歩する。夕方になったら散歩する。休日には少し遠くの公園へ行ってみる。

旅行をするときも、「犬と歩けるところはあるかな?」と考える。

つまり犬がいることで、日常生活の中に自然と「歩く理由」が生まれます。

これは、スポーツジムへ行くこととは少し違います。
「健康のために運動しなければ」ではなく、「この子が散歩したいから歩く」。

その結果として、自分自身も体を動かしている。

運動を目的にするのではなく、犬との生活の結果として身体活動が生まれる。
これが、犬と暮らすことの特徴の一つなのかもしれません。

06|犬や猫との暮らしは「年収1,000万円以上」の幸福に相当する?

そして2025年、海外からとても興味深い研究が発表されました。

英国の研究者が、
「ペットと暮らすことで得られる生活満足度には、どれくらいの価値があるのか?」
を経済学的な方法で分析したのです。

研究では英国の大規模な世帯調査データを使用し、犬や猫の飼育と生活満足度との関係を分析しています。
さらに、その生活満足度の変化を「所得」に置き換えて計算しました。

その結果として推計された金銭的価値は、
猫:約7万3,044ポンド/年
犬:約6万6,264ポンド/年

でした。
日本円にすると為替によって変わりますが、犬についても1,000万円を超える規模になります。

この研究については、日本語で詳しく内容を確認できます。

【日本語による研究解説】
ITmedia NEWS
「犬猫を飼うと“年収1300万円”と同じくらいの生活満足度」

またCNN日本語版でも、この研究について紹介されています。

【日本語記事】
CNN.co.jp
「ペット飼育は結婚と同じくらいの幸福度をもたらす可能性」

ここで、絶対に誤解してはいけないポイントがあります。
これは、「犬を飼うと年収が1,000万円増える」という研究ではありません。

もちろん、「犬を飼っている人は年収1,000万円以上」という意味でもありません。

ペットと暮らすことで得られる「生活満足度の変化」を、所得によって得られる生活満足度に換算すると、それほど大きな金銭的価値に相当すると推計された、という研究です。
それでも、毎日当たり前のように隣にいる存在が、私たちの生活満足度と大きく関係している可能性があるというのは、とても興味深い結果ではないでしょうか。

07|犬がくれる「役割」も、幸福のひとつなのかもしれない

朝になったら、ごはんをあげる。水を替える。散歩へ行く。ブラッシングをする。体調を確認する。
犬と暮らすということは、生活の中に「やらなければならないこと」が増えることでもあります。

雨の日でも散歩へ行かなければならない。仕事で疲れていても、ごはんを待っている。休日くらいゆっくり寝ていたいのに、朝から起こされる。

大変です。

でも、それを別の角度から見ると、「自分を必要としてくれる存在がいる」ということでもあります。

犬がいるから朝起きる。犬がいるから外へ出る。犬がいるから家へ帰る。そして、犬がいるから誰かと話す。

一つひとつは小さな変化ですが、それが毎日積み重なっていきます。

08|もちろん、「犬を飼えば幸せになれる」わけではない

ここまで紹介すると、「それなら犬を飼えば健康になって幸せになれる」と思ってしまうかもしれません。

しかし、それは違います。犬との暮らしには大きな責任があります。

毎日の散歩。食事。トリミング。予防医療。病気になったときの治療。そして、10年、15年という長い時間を一緒に生きていく覚悟。

経済的な負担もあります。

旅行や外出が制限されることもあります。

犬の病気や問題行動が、飼い主にとって大きな負担になる場合もあります。

今回紹介した研究についても、「犬を飼育することだけが原因となって、人が健康になった」と完全に証明しているわけではありません。

だから、幸せになるために犬を飼う」のではなく、
「犬と良い関係を築きながら暮らすことで、人にも犬にも幸福が生まれる可能性がある」
と考える方が自然なのではないでしょうか。

09|犬が変えるのは、「人生」よりも「毎日」なのかもしれない

犬を飼ったからといって、突然人生が劇的に変わるわけではありません。

年収が増えるわけでもない。病気にならなくなるわけでもない。悩みがすべてなくなるわけでもありません。変わるのは、もっと小さなことです。

朝、少し早く起きる。毎日散歩へ行く。季節の変化に気づく。近所の人と挨拶する。休日に愛犬と行ける場所を探す。
写真を撮る。家に帰る理由が一つ増える。名前を呼ぶ。触れる。笑う。

一つひとつは、とても小さな出来事です。でも、それが365日続きます。

そして5年、10年と積み重なっていく。

認知症、身体活動、社会とのつながり、生活満足度。
研究で示されているさまざまな関連も、もしかすると、そんな小さな毎日の積み重ねの先にあるのかもしれません。

犬と暮らすという、数字では測りきれない幸福

「犬と暮らすと、人は幸せになりますか?」

科学だけで、その問いに完全な答えを出すことはまだできません。
日本の研究では、犬を飼育している高齢者で要介護認知症の発症リスクが低いという結果が示されました。

犬との暮らしによって生まれる運動習慣や社会とのつながりが、その背景にある可能性も指摘されています。
海外では、犬との暮らしによる生活満足度を、年間6万6,000ポンド以上の金銭的価値に相当すると推計した研究まであります。

しかし、これらの数字だけで犬との暮らしの価値を測ることはできません。犬は健康になるための道具でも、幸福になるための道具でもありません。

一つの命です。

それでも――。朝起きたとき、隣にいる。散歩へ出れば、いつもの街が少し違って見える。帰宅すれば、全身で喜んでくれる。
何でもない一日が、犬がいることで少しだけ特別になる。

その小さな変化の積み重ねを、私たちは「幸福」と呼んでいるのかもしれません。

認知症リスク40%という数字でも。1,000万円以上という数字でも。犬と暮らす本当の価値を、すべて表すことはできません。

その価値はきっと、今日も隣にいる、その時間の中にあるのです。

※本記事は国内外で公表された研究・研究機関の資料を参考に構成しています。紹介した数値は特定の対象集団における統計的な関連や経済学的推計を示すもので、犬を飼育することで疾病予防や健康・幸福への効果が保証されるものではありません。